ひとつのシステム障害が、もう少しで日本での私のキャリアを終わらせるところでした。けれど、あのとき上司が見せた寛容さと責任の引き受け方が、いまの私のリーダーシップの土台になっています。
心もとない出発点
2020年8月、私は限られた日本語力と大きな不安を抱えたまま、日本の会社で働き始めました。周りのすべてが新しく、少し手に余るように感じられました。言葉の壁もあれば、職場に流れる暗黙のルールもありました。氷の上で歩き方を覚えるように、転ばないよう少しずつ進んでいた時期でした。
顧客データを消してしまった衝撃
本当の試練は、不動産系の取引先システムを初めて任されたときにやってきました。不注意な一瞬で、私は重大なミスを犯しました。大切な顧客データを消してしまったのです。
その夜、私は眠れませんでした。画面の前にひとり座り、できる限りのことを試しましたが、やればやるほど事態の深刻さが見えてきました。翌朝、同僚たちの失望した目や、チームの重たい沈黙に向き合うことになりました。社長ですら、能力を疑い、私を辞めさせることを考え始めていたほどでした。
「人は誰でも間違える」
日本での自分の道が終わるかもしれないと思ったその瞬間、直属の上司が前に出ました。激しく叱るでもなく、責め立てるでもなく、彼は静かにこう言いました。
“人は誰でも間違えるものだ。そして今回の件については、私がすべての責任を引き受ける。”
その言葉は、私にとってまるで浮き輪のようでした。怒りをぶつける代わりに、彼はどこが間違っていたのかを丁寧に示し、何が正しいのかを説明し、二度と同じことを繰り返さないための改善の仕方まで教えてくれました。
あの笑顔が残したもの
私が最も強く覚えているのは、技術的な助言よりも、上司の笑顔です。上からの圧力や顧客対応で最悪の空気になっているときでさえ、彼は落ち着きを失わず、その表情を崩しませんでした。
それは軽さではありませんでした。部下の前に立って盾になれる、本物のリーダーの強さだったと思います。

リーダーという色
2020年から今に至るまでの歩みの中で、私は大きく成長しました。けれど、最も大きな学びは本ではなく、あの上司のふるまいそのものから来ています。
今、自分なりのリーダーシップの原則を持つようになってからも、私はあのときの寛容さと自制心を思い出します。この話を残しておきたいのは、優しさと責任を引き受ける姿勢こそが、ときに本当に大きなリーダーをつくるのだと信じているからです。