
のんびりと、しかし胸が高鳴る一日の始まり
皆さんこんにちは。日本探索の旅も3日目を迎え、この日はかなりゆったりとしたスローペースで時間が流れていった。
前夜はみんなで集まり、杯を交わしながら旅の楽しかったことや苦労したことについて夜遅くまで語り合ったため、その必然的な結果として翌朝は全員かなりの寝坊となった。
朝の9時か10時頃になって、ようやく這うように目を覚まし、これから待ち受けるたくさんの予定を胸に新しい一日を迎えたのだった。

起きたばかりの同室の男2人の顔を見ていると、思わず笑いがこみ上げてきた。まだ眠気が残っているものの、その瞳にはこれからの新たな探索への期待とワクワク感が宿っていた。
今回の旅に集まったのは固い絆で結ばれた仲間たちだ。それぞれ個性は違うものの、強烈な旅好きという情熱は皆同じであり、日出ずる国での新たな挑戦へと共に向かう準備はいつでもできている。

同じ部屋の2人だけでなく、私たちのグループには別の階に泊まる仲間がもう2人いた。過ごす空間は違っていても、旅の各ステージを通じて私たち兄弟のような絆は常にしっかりと結ばれている。
その日の朝の空は、霧雨がパラパラと舞う物憂げでロマンチックな美しさに包まれ、空気はひんやりと心地よく、どこか懐かしさを感じさせるものだった。

しかし、楽しいことには少しばかりの残念な出来事もつきもので、グループの一人があいにく食当たりになってしまい、宿泊先でおとなしく体力を回復させることになった。
もしこの不運な体調不良がなければ、私たち5人の兄弟はまるで1台の頑丈な戦車に乗る5人の兵士のように、華やかな大阪の街のあらゆる隅々まで攻め込んでいたに違いない。
小雨の降る街中での温かな昼食
すでに昼近くになっており、霧雨がしとしとと降り続く中、遅く起きた朝でお腹もペコペコだったため、グループ全員で遠出の計画は一旦見送り、何かお腹に入れる場所を探すことにした。
私たちはすぐ近くにあった中華料理店を選んで昼食をとることにした。店内は温かな雰囲気に包まれ、湯気立つ料理が軒先を濡らす雨の日の柔らかな冷たさを吹き飛ばしてくれた。

テーブルを囲んで座り、味わい深い料理を眺めながら、大阪城でのこれからの予定について賑やかに語り合った。
明るい日差しに恵まれた天気とは言えなかったが、仲間と一緒にいることこそが、どんな食事をも今までになく美味しく、忘れられないものにしてくれる最高のスパイスなのだ。
大阪城の雄大さと詩的な美しさ
温かい昼食の後、私たちはこの地の最も有名で誇り高い歴史的シンボルの一つである大阪城へと本格的に移動した。
以前訪れた尼崎城の古風な美しさとは異なり、大阪城はその規模が圧倒的で非常に雄大であり、深く広大な頑丈な水濠に囲まれていた。

小雨がパラパラと降る景色が大阪城の敷地全体を包み込み、胸が締め付けられるほどロマンチックな美しさを醸し出している。一見すると、どこかハノイの穏やかな秋の日を思わせる懐かしさがあった。
一本一本の木々も、苔むした壁の隅々も、静まり返り、情緒にあふれた詩的な空間の中に沈んでいるかのようだった。

広大な空間の中、周りの景色を思う存分目に焼き付けた後、私はマスクを外して記念のセルフィーを一枚急いで撮影した。
これほどまでに偉大で荘厳な歴史的遺産に足を踏み入れた時の、自分自身のエネルギーと喜びで満ちあふれた顔を記録した瞬間だった。
歴史と雄大な自然への接触
大阪城の本丸エリアに足を踏み入れると、その圧倒的なスケールには本当に圧倒され、感嘆の声を漏らさざるを得なかった。
本丸の足元に立って上を見上げると、まるで雲と空の間にそびえ立つ険しい山を目の前にしているかのようで、この地の長く誇り高い歴史の重みを証明していた。

尼崎の時のおどけた話と同じように、私の乏しい日本語力と漢字の読解力ではあまりにも限界があったため、詳細な歴史の案内板を読むのは諦めざるを得なかった。
だが、文字にあまり気を取られないことで、むしろこの遺跡の持つ空間やエネルギーを、より純粋で自由な直感をもって感じ取ることができたのかもしれない。

大阪城の城壁のてっぺんから遠くを見渡すと、偶然にも非常に詩的で穏やかな自然の景色をカメラに収めることができた。
昔から私は、人物を撮るよりも自然の写真を撮ることにより強い愛着と親しみを感じてきた。なぜなら、草木や大地は常に偽りのない、本物の、そして決して嘘をつかない美しさをまとっているからだ。
宿への帰還と、温かな夜の集い
大阪城の隅々まで心ゆくまで見物した後、私たちは宿泊先へと引き返すことにした。
当初の計画ではそのまま京都を訪れる予定だったが、すでに時間がかなり遅くなっており、雨も降り続いていたため、グループ全員で京都の夢はいったん見送り、残りの旅程のために体力を温存することにした。
帰り道、笑うに笑えないちょっとしたハプニングがあった。私が雨用の傘を持っていたにもかかわらず、誰も相合傘をしてくれようとする男がいなかったのだ。その結果、3人は前方の小さな傘にすし詰めになり、私一人だけが霧雨の中を寂しくぽつんと取り残されて歩くハメになった。
後から思い返すと、仲間たちに囲まれながらも孤独な男の宿命が、おかしくもあり、どこか哀れでもあった。

そして、旅全体を通じて変わらないポリシー通り、仲間が集まれば決まって賑やかな宴会が始まる。3日目はごく短く終わったものの感情の詰まった一日となり、翌日の京都探索の旅に向けた体力回復の時間となった。
その日の夜の食事は胃を休めるために少しシンプルなものにし、素晴らしい数々の体験がつまった忘れられない長い一日に幕を下ろした。
